2011年 03月 06日
誠実と不誠実 |
誠実と不誠実。
この相反する心・行動は、誰しもが持つ。
善と悪が存在するように・・光と影があるように、それは紙一重である。
光の中で光り輝いても、それは見えない。 エネルギー・出力の違いで輝きは変わっても、
闇がなければそれは意味がない。
闇は、存在に意味があり、光を際立たせる。しかしそれは、立ち位置でも変わる。
闇は光に憧れ、光は闇を嫌う。しかし、闇がなければ光もない。
誠実も同じ。不誠実という比較対照があるから存在する。
それが良いか、正しいかの議論はいらない。
表裏一体なのだから。
それでもなお、なぜ不誠実なのか・・・・・・・・・
それは、あるまじき言動であり、無責任であり、向上心が存在しないからだ。
そしてそれは、正さなければ、やがてその方向に導く。
その方向は・・・・・身をもって・痛感し・・・嘆き・悲しむ場所へ誘う。
今はまだ、その時ではなく、それを実感することもない。
そしてそれを、「わかっているんです」という、もっとも不誠実な詭弁で、終わらせる。
何がそうさせているかは、問題ではない。
何故そうなったかも、問題ではない。
では、どうしたら改善できるかを議論しても始まらない。
厳然たる事実は、それが不誠実ということである。
そうあってはならない・・・・・・反面教師なのだ。
そこに、我々が学ぶものは、そうあってはならない・・・・・・・
そこに尽きる。
誠実なものは、自らの過ちを正し、謝罪し、繰り返さぬ事を誓い、そのようにする。
そしてもうひとつ・・・・・そういうものを指導者的に立場においてはならない。
それが、学び屋のルールである。
この相反する心・行動は、誰しもが持つ。
善と悪が存在するように・・光と影があるように、それは紙一重である。
光の中で光り輝いても、それは見えない。 エネルギー・出力の違いで輝きは変わっても、
闇がなければそれは意味がない。
闇は、存在に意味があり、光を際立たせる。しかしそれは、立ち位置でも変わる。
闇は光に憧れ、光は闇を嫌う。しかし、闇がなければ光もない。
誠実も同じ。不誠実という比較対照があるから存在する。
それが良いか、正しいかの議論はいらない。
表裏一体なのだから。
それでもなお、なぜ不誠実なのか・・・・・・・・・
それは、あるまじき言動であり、無責任であり、向上心が存在しないからだ。
そしてそれは、正さなければ、やがてその方向に導く。
その方向は・・・・・身をもって・痛感し・・・嘆き・悲しむ場所へ誘う。
今はまだ、その時ではなく、それを実感することもない。
そしてそれを、「わかっているんです」という、もっとも不誠実な詭弁で、終わらせる。
何がそうさせているかは、問題ではない。
何故そうなったかも、問題ではない。
では、どうしたら改善できるかを議論しても始まらない。
厳然たる事実は、それが不誠実ということである。
そうあってはならない・・・・・・反面教師なのだ。
そこに、我々が学ぶものは、そうあってはならない・・・・・・・
そこに尽きる。
誠実なものは、自らの過ちを正し、謝罪し、繰り返さぬ事を誓い、そのようにする。
そしてもうひとつ・・・・・そういうものを指導者的に立場においてはならない。
それが、学び屋のルールである。
by xqptd923
| 2011-03-06 10:37
| 教育講座
|
Comments(6)

誰でも持っている表裏。この表裏と自分がどう向き合うか。どんなときでも誠実でありたい。
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ラムちゃん・・・そそ。その気持を保持する事・・そしてそれを使うことが指導者なのね。

謙虚に誠実でありたい。
感謝を忘れずに学びの実践を心がけていきます。
感謝を忘れずに学びの実践を心がけていきます。
Cさん・・・そそ。そこがスタートで、到達点です。

心のある場所はその時々で変わるように、誠実な心は、相手に自分の心を置き、相手の心を自分に中に置いてみれば、誠実と不誠実が見えてくる・・・のでしょうか。
REIさん・・・・・みえてきましたね。相手の利益、(有形無形)が大事です。